2013年10月19日土曜日

10/14




マルセラ()をボダボダで通り越し、オフィス着。
日本でごくたまに見かける、「時間をお金で買う」ということは、ここケニアにおいては一切見られない。
今日も10時にスタッフ全員が揃った。これがアフリカンタイムか…?



午前中スタッフの一人と異文化交流と称して喋っていた。

 話した内容としては、HIV/AIDS、割礼、民族、言語、一夫多妻制について、日本・中国について等。
HIV/AIDSに関しては、ケニアにおいてはものすごく感染率、エイズと共に生きる人の割合が高い。
日本のHIV/AIDSに関しては、ケニアと比べると割合は低いが主な先進国の中で唯一日本だけが程度は低いが未だ増加傾向にあるということ、HIV検査を受ける日本人の割合は、非常に高いというわけではない、コンドームを使用するのは病気を防ぐ為といより妊娠を防ぐ為という認識が強いのではないかと思う、等々。(個人的な意見です
In Japan, when we have a sex, of course we use condom.といったのだけれども、約4組中1組が出来ちゃった婚であるという数字を見ると、自身を持って言えないな、と少し苦笑いした。

民族に関しては、ケニアにはたくさん民族がいるし、しかもsub-tribeを見ると、もう信じられないくらいたくさんの民族がいる。同じ民族内でも地域によって違うらしく、理解できないこともしばしば。日本でいう方言みたいなものかな。

割礼に関しては、
割礼は、今もまだ残っているということ。例えばルオ族の男性はほとんど割礼していて、まだポピュラーだよ、と。割礼は悪いことではないと言っていたのが印象的だった。
印象的に思った理由としては、自身が割礼はネガティブなものとして捉えている部分があるからだろう。
割礼という言葉が想起させるイメージは、どういったものなんでしょうか。
話しを聞いていて、ここにおける割礼とは、日本で言う成人式みたいなものなのかな、と感じた。

割礼は、とてもいいこと。清潔になるし、臭わなくなるし、何よりHIVに感染する割合が減るから、と言っていた。
割礼をすると、HIVにかからないという絶対的な根拠はないが、皮膚が強くなり傷がつきにくくなる、それによって、感染する確率が少し下がる、というものだ。
割礼に対するネガティブなイメージは、伝統的すぎるものに対してだけ。例えば、麻酔なしや、歯切れの悪い一本のナイフを使用することで、出血多量で死ぬことや、気が変になって元に戻らなくなったり、トラウマから自宅に帰らなくなり孤児になったり、HIVに感染する危険性がある等。
また、割礼は時代に合わせて変わってきている。程度が軽度になってきたり、病院で割礼が行われるようになり、今では麻酔を使用している。

自分が割礼につていて尋ねたのは主に女性の割礼をイメージしていたのだけど、話されている内容は男性の割礼を対象にしていた。
割礼が施される対象の捉え方がずれていたのが、少し興味深かった。
女性の割礼に関しては、いくつかの民族の女性は、性器ではなく歯を6本抜くというものだそう。
だからその民族の女性が話す時はこんな感じなの。と真似てくれたけど、少し馬鹿にしているのでは、と思ってしまうほどの変な顔をして真似ていたように思う。苦笑

日本と中国については、ブシアにはアジア人がいないから、区別はつかない。なんで日本人を知らなくて中国人を知っているの?と腑抜けたことを聞いてみると、
中国を知っている理由としては、身の回りのものはほとんどmade in china だからだ、と言っていた。
Chinese products are cheap, but expensive.「確かに中国製品は安いけど、すぐにダメになる。買い替える回数が増え、結局は高くつく」とのこと。
ブシアにおける日本の存在は、すごく小さい。

一夫多妻制については、現代も残っているとのこと。自分もよく「○番目の妻にならないか?」とナチュラルに言われることがある。笑

昔は奥さんも子供もたくさん持ち大家族が主流だったけれども、今は少しずつ小家族になりつつある。それはたくさんの子供を育てる程、お金を稼げないという要因があるということ、また子供が多いと父親から子供に土地や富を配分するときに、代を重ねていく毎に土地は小さくなっていく。住むスペースにすらならないこともあるそう。そういったこともあり少しずつ小家族になっているそうだ。

「嫉妬とかしないの?」と腑抜けた質問をしたら、「そりゃするよ!笑」と言っていた。愚問だったかもしれない。
妻の間でもそうだけど、子供の間でもあって、父親が同じでも母親が違う兄弟姉妹の間では一切関与しないこともあるということ、友達でも兄弟でもなくなり、敵のような存在になっている。と言っていた。とても悲しく、寂しいことだけどね、と笑って言っていたのが印象的だった。

民族、宗教の対立はまだ肌では感じていない。鈍感だから気付かないだけなのかもしれないけれども。アンテナをはれアンテナを。


スワヒリ語に関しては、少しずつ理解できるようになりつつある。
数字は相変わらず覚えるのが苦手だけど、入れ墨に興味がある自分は(もちろん墨は入れてない)、3=タトゥ、マレーシアっこでもある自分は7=sabaということだけは忘れずに覚えている。


おやすみなさい。
 

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